きもの探訪

江戸小紋職人・廣瀬雄一さん

神田川と妙正寺川が合流する新宿区・落合にある江戸小紋染めの老舗「廣瀬染工場」。その四代目・廣瀬雄一さんが、各方面のメディアで注目されている。これまでにない発想、それを実現させる行動力、グローバルでありながらも日本独自の伝統文化を大切にする心……魅力的な人物像とともに、江戸小紋の世界に吹き始めた新たな風をご紹介します。

写真/水野嘉之

オリンピック?職人?
悩んだ末の覚悟は「日本一、腕のいい職人になる」

大学卒業と同時に、江戸小紋職人の道に進んだ廣瀬雄一さん。
まず、目につくのは職人としての異色な経歴だ。

10歳から始めたウインドサーフィンで頭角を現し、学生時代にはなんと、シドニーオリンピックの強化選手にまで選ばれたという。

「ウインドサーフィンの選手はピークが20代後半なので、あと2回くらいオリンピックを狙えたんです。でも職人になるなら大学卒業時がタイムリミット。このタイミングで人生の覚悟を決めなければならないのかと、相当気持ちが荒れました(笑)」

創業が大正7年という歴史ある店を、幼いころから継がなければいけないという使命感があった廣瀬さんは、オリンピック選手への夢を断ち切ると同時に「やるなら、日本一の江戸小紋職人をめざす」と心に誓った。

保有している型紙は12,000枚を超える。これは業界でもかなり多いという。古典柄から新しいものまで、デザインも4,000柄と豊富だ。

先細る業界…知恵をふりしぼって生まれたのが
江戸小紋をベースにしたストール

最初は、ひたすら修業を続けたが、業界全体で仕事が減っていた時代。5年ほど経って将来の自分の仕事を客観視した時、先が見えなかったという。

「腕はあっても仕事がなかったら、職人は何の意味もない」。自分たちが生き抜くためにはどうしたらいいのか? 必死に考え、試行錯誤を繰り返した後、廣瀬さんは2012年に、オリジナルのストールブランド「comment?」(コモン)を立ち上げた。

「結局、一番やりたいことは江戸小紋を染めることなんです。それを続けていくためには、自分たちの技術や知恵をしぼり出していくしかない。江戸小紋は伝統工芸品というイメージを持たれる方が多いので、気軽に楽しめるストールなら、もっと身近に感じてもらえるんじゃないかと思ったんです」

もち米が塗ってある染め板に生地を張り、型紙をのせ、ヘラで色糊を置いていく。作業中は、見ているこちらが息を止めてしまいそうな緊張感が漂っていた

もち米、米ぬかに染料を加えてつくった色糊は、作業が終わっても捨てずに足してブレンドするため深みが増す。透明感のある色づくりにもこだわっている。

海外から「アメージング」と絶賛!
オリジナルのストールで、江戸小紋の魅力を世界に発信

廣瀬さんがものづくりでこだわっている点は「自分が好きか嫌いか、誰かにあげたくなるようなものかどうか」。

その基準をクリアしたストールは、肌触りが上質で、発色も美しく、あまり和を強調していないデザインが、かえって江戸小紋の粋を際立たせている。

ニューヨークやパリ、ミラノの展示会に出品するなど、活躍の場は国内にとどまらない。「海外で江戸小紋のストールを見せると『アメージング』だと言われます。彼らにはない独特の文化を歩んできた日本人の感性や価値観が表れているのでしょうね」

そんな廣瀬さんの将来の夢は、2006年に設立した「KOMON HIROSE」というブランドを確立させ、世界のオートクチュールに加わること。それが江戸小紋の価値を上げていく一つの道だと考えているそうだ。

鮫小紋の紋様をベースに染め抜いたシルクのストール。春夏・秋冬と年2回、素材やデザインを変えて発表している。きものと工程は同じだが、生地も幅も違うストールに型付けをするのは、技術的にとても難しいそうだ。

江戸時代からのスピリットを染めている、それが僕たちの仕事

多忙な仕事の合間を縫って、テレビやミュージックビデオへの出演、百貨店での実演会など多彩に活躍する廣瀬さん。「あと5年くらいしたら、ずっと工場にこもって、きものを創っていたいですね」と笑いながら本音をのぞかせた。

一方で、30代の若き職人は、400年続く伝統文化の重みや先人へのリスペクトも忘れない。

「今、自分が江戸小紋を扱えるのも、先人たちのおかげ。だからそこに恩返しをし、きもの業界全体を応援していくことが必要だと思います。後継者がいないと言われる伊勢型紙師になりたいという若者を発掘したいし、若い世代にもっとスポットを当てて、その人たちと一緒に、今後の自分たちの仕事を切り拓いていきたいですね」

明けても暮れても江戸小紋のことを考えているという廣瀬さんにとって、江戸小紋の魅力とは?
「細かい柄や紋様が特長だと言われますが、そこには制約された条件の中から生まれたコンセプト※があり、江戸時代の職人の心意気が宿っている。だから江戸小紋は粋でカッコイイんです。僕たちは、そうした江戸時代からのスピリットを受け継いで、染めているんだと、自負しています」

※江戸時代には奢侈(しゃし)禁止令が発令され、きものについては布地から染め色まで厳しい規制があった。だからこそ江戸の職人たちは腕を磨き、繊細な型紙作りと高度な染めの技術を身につけて、遠目には無地に見えるが、近づくと緻密な柄が浮かび上がる江戸小紋が生まれた。「江戸小紋三役」といわれる格式の高いものから、ユーモアあふれる「いわれ小紋」まで、豊富な柄にはさまざまな意味が込められている。

「comment?」のストールを、日本和装ダイレクトでも取り扱うことになりました。
6月5日からご購入可能です(枚数限定)。ぜひ、お楽しみに。

廣瀬 雄一

1978年生まれ。10歳から始めたウインドサーフィンでシドニーオリンピックの強化選手として、世界を転戦。大学卒業後は、染め物という日本の伝統文化で海外に挑戦したいという夢を持ち、江戸小紋を世界に向けて発信し続けている。

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